Physio Kimura Academy
各論 臨床推論 シリーズ:修士の臨床記録 #6

【修士の臨床記録 Vol.6】「使いすぎ(Overuse)」という便利な言葉に逃げた私の罪。〜湿布を貼って休ませれば治ると思っていた〜

2026/3/3

この記事で分かること

読了時間:約 6 分

  • 「使いすぎ」は原因を思考停止させる便利ワード
  • 湿布と休息だけでは、復帰すれば同じストレスでまた壊れる
  • 真の Why は「なぜ同じ運動量で他の選手は壊れないのか」という運動連鎖の差

はじめに:「使いすぎ」という逃げ道

「走りすぎが原因ですね。しばらく休ませましょう。湿布貼って、ストレッチして様子見です」

新人の頃の私は、スポーツ障害の患者さんが来ると、このフレーズを錦の御旗のように掲げていました。

使いすぎ(Overuse)」。この便利な言葉さえ使えば、専門家っぽく振る舞えるし、治らなくても「もう少し休みましょう」で時間を稼げる。思考停止の特効薬でした。

しかし、ある日、指導官からこう聞かれて固まりました。

「君がそう説明するなら、同じ部活・同じ練習量で、なぜ彼だけが壊れて、他の子は壊れないの?

答えられませんでした。「使いすぎ」は、何も説明していない言葉だったのです。

今日は、「使いすぎ」というラベルを貼って満足し、湿布を貼って休ませれば治ると信じていた、10年前の私の恥ずべき記録を公開します。

【公開】10年前の生々しい臨床リフレクション(シンスプリント編)

これは、下腿内側の痛みを訴える高校陸上部の男子選手(中距離、シンスプリント診断)を担当した際の、指導官との振り返り記録です。

当時の私は、患部(脛骨内側)の圧痛と練習量の情報から「典型的な Overuse」と判断し、アイシング・湿布・練習量の制限を指導。「2週間安静にしましょう」を金科玉条にしていました。

復帰後、すぐに再発。それでも私は「休足期間が足りなかった」としか考えられませんでした。

【2016.8.5 振り返り記録(シンスプリント)】

私(当時): 「やはりオーバーユースなので、あと1週間は完全休足を指示しました。湿布と大腿のストレッチも継続してもらっています。戻ってもまた同じ場所が痛くなるみたいで……練習量を減らすしかないですかね?」

指導官: 「ちょっと待って。彼、先月も同じ場所が痛くなって休んでるよね? 休んで治って、走ってまた痛くなる。これ何回目?」

私(当時): 「え…3回目……ですね」

指導官: 「それ、『使いすぎ』で片付くの? 同じ練習メニューで、同じ距離走ってる他の部員は壊れてないよね。答えは彼の身体の中にあるんだよ。 走り方、見た?」

私(当時): 「……いえ、ちゃんとは」

指導官: 「さっきグラウンドで流しを見たけど、彼、着地の瞬間に足が内側にベチャッと潰れてる(過回内)。しかもお尻が効かないから、膝が内に入って(Knee-in)、脛骨に捻れのストレスがかかり続けてる。1キロ走るたびに、脛の同じ場所に数百回ヤスリをかけてる状態だよ。君が湿布を貼った場所は、彼の走り方が作り続けている『結果』でしかない。」

私(当時): 「…………(言葉を失う)」

今の私が、この会話を「翻訳」するとこうなります

当時の私(心の声):

「使いすぎって言えば説明になる。湿布貼って休ませれば、組織は修復される。スポーツ障害なんてどれも同じだ……」

指導官(心の声):

「『使いすぎ』は原因じゃなくて現象の記述だ。同じ使用量で壊れる人と壊れない人を分けているのは、身体の使い方(Motor Control)。その Why に迫らない限り、治療は『壊れる → 休む → 走る → 壊れる』のループから抜け出せない」

今の私ならこう添削する(赤ペン先生)

使いすぎ」は、原因ではなく「現象のラベル」です。今の経験値(臨床15年・修士)を持った私が、10年前の私にアドバイスするなら、以下の3点を指摘します。

1. 「Overuse」は仮説ではない

Overuse という言葉は、「なぜストレスが溜まったか」を一切説明していません。臨床推論の観点から言えば、これは仮説以前の現象記述に過ぎません。

仮説として成立させるには、以下のように分解する必要があります:

  • 組織にかかる1回あたりのストレスは大きいか?(Motor Control エラー)
  • ストレスの繰り返し回数は多いか?(Volume エラー)
  • 組織の**耐容能力(Capacity)**は低いか?(Tissue Tolerance エラー)

当時の私は、ただ「回数が多いから」とだけ考え、残る2つの要素(ストレスの質・組織の耐容能)を完全に無視していました。

2. 湿布と安静は「時計の針を戻す」行為に過ぎない

休足と湿布で炎症が鎮まるのは当然です。しかし、復帰したときの運動パターンが変わっていなければ、同じストレスが同じ場所に集中し続けます

これは例えるなら、穴の空いたバケツに水を注ぐ前に、一時的に水を止めるだけの行為。「原因の先延ばし」に過ぎません。私がやるべきだったのは、バケツの穴を塞ぐこと(運動パターンの修正)でした。

3. 「なぜ彼だけが?」という問いの欠如

同じ練習量でも、壊れる人と壊れない人がいる。この差こそが臨床推論の入り口です。

  • 足部は過回内していないか?(脛骨捻転ストレスの源)
  • 中殿筋は接地時に効いているか?(Knee-in の抑制)
  • 体幹の前傾と引き込みは機能しているか?(GRF の分散)

これらを一つずつ評価・仮説立てし、狙いを定めたエクササイズを処方する。それが「シンスプリントの治療」の正体です。「湿布を貼る」は治療ではなく、時間稼ぎに過ぎません。

結論:「使いすぎ」と言う前に、Why を5回繰り返せ

「使いすぎ」と口にした瞬間、思考は止まります。

  • なぜ?(Why 1)→ 走り方にエラーがあるから
  • なぜ?(Why 2)→ 足部が過回内して膝が内に入るから
  • なぜ?(Why 3)→ 中殿筋の機能不全があるから
  • なぜ?(Why 4)→ 接地時の骨盤制御ができないから
  • なぜ?(Why 5)→ そもそも片脚立位の静的アライメントから崩れているから

ここまで降りて初めて、「何を、どの順番で、どのエクササイズで修正するか」が見えてきます。

「使いすぎ」で治療を終わらせることは、患者さんの時間と可能性を奪う罪深い行為です。同じ練習メニューで他の選手が壊れない事実こそが、「答えは身体の外ではなく、身体の中にある」ことを教えてくれます。

📚 参考文献

  • Willems TM, et al. (2006). “A prospective study of gait related risk factors for exercise-related lower leg pain”. Gait & Posture. シンスプリント(MTSS)の発症因子を前向きに追跡した論文。過回内や足部アライメント、筋機能の非対称性がリスクとして同定されている。「Overuse」の背後にある個別因子を理解する基礎。
  • Fredericson M, Misra AK. (2007). “Epidemiology and aetiology of marathon running injuries”. Sports Medicine. ランニング障害を疫学的・生体力学的にまとめたレビュー。同じトレーニング量でも、個別のアライメント・筋機能の差で障害発生率が変わることが示されている。
  • Powers CM. (2010). “The influence of abnormal hip mechanics on knee injury: a biomechanical perspective”. J Orthop Sports Phys Ther. 膝・下腿の障害に股関節(特に中殿筋)機能不全が与える影響を整理した超重要論文。シンスプリントも「下腿の問題」ではなく「股関節と足部に挟まれた被害」であることが示唆される。
  • Sahrmann SA. (2005). “運動機能障害症候群のマネジメント”. 医歯薬出版. 「使いすぎ」ではなく「使い方のエラー」に焦点を当てるためのバイブル。Motor Control の視点から、同じ運動量でも特定部位にストレスが集中するメカニズムを論理的に分解できる。