【修士の臨床記録 Vol.7】「足のしびれ=神経圧迫」と決めつけていた私の誤診。〜MRI画像を盲信した末路〜
2026/3/6
この記事で分かること
読了時間:約 5 分
- ✓ 患者さんの「しびれ」が必ずしも医学的 numbness とは限らない
- ✓ 中・小殿筋のトリガーポイント関連痛は坐骨神経痛とそっくりに見える
- ✓ 無症候性ヘルニアの存在と、画像所見より身体所見を優先する意義
はじめに:「しびれ」という言葉の罠
「先生、足がしびれるんです」「病院でヘルニアって言われました」
新人の頃、この言葉を聞くと自動的にスイッチが入っていました。「しびれている=神経が圧迫されている=牽引しなきゃ!神経の滑走を良くしなきゃ!」
患者さんの訴えと、医師の MRI 診断。この2つが揃えば、疑う余地はないと思っていました。しかし、いくら腰を牽引しても、神経ストレッチをしても、患者さんの「しびれ」は変わりません。
なぜか? それは私が「神経症状(Radiculopathy)」と「関連痛(Referred pain)」の違いを全く理解していなかったからです。
【公開】10年前の生々しい臨床リフレクション(腰椎ヘルニア編)
右臀部から太ももの裏にかけて「しびれるような痛み」を訴える、20代男性(腰椎椎間板ヘルニア診断あり)を担当した際の振り返り記録です。当時の私は、MRIで L4/5 にヘルニアがあるから、これは L5 神経根の圧迫症状だと決めつけていました。
【2017.1.17 振り返り記録(腰椎椎間板ヘルニア)】
私(当時): 「右下肢にしびれがあるので、やはり L5 神経根の圧迫が原因だと思います。腰椎の牽引と、神経の滑走性を出すためにスランプ・ストレッチを続けています。でも、なかなか『しびれ』が取れなくて…」
指導官: 「うん、しびれを取りたいのは分かった。でもさ、神経学的所見はどうだった?」
私(当時): 「え? あ、感覚(知覚)鈍麻はありません。筋力低下も今のところありません。反射も正常です。SLR(下肢伸展挙上テスト)も陰性ですが…でも、本人が『しびれる』って言ってるので、神経症状ですよね?」
指導官: 「(呆れて)あのね、神経所見が全部陰性なのに、なぜ『神経が圧迫されている』って断定できるの? さっき君が、お尻の筋肉(小殿筋あたり)をグーッと押した時、患者さんなんて言ってた?」
私(当時): 「あ、『そこそこ!そこを押されると足に響く感じがします』って言ってました」
指導官: 「それが答えだよ。彼が感じているのは、神経が絞められた『ビリビリ(痺れ)』じゃなくて、筋肉のトリガーポイントから来る『ズーン(関連痛)』だよ。君は、MRI の画像とお喋りをしていて、目の前の患者さんの『お尻』を見ていないんだよ。」
私(当時): 「…………(返す言葉がない)」
今の私が、この会話を「翻訳」するとこうなります
当時の私(心の声):
「ヘルニアがあるんだから神経症状に決まってる。患者さんが『しびれる』と言えばそれは神経だ。MRI が嘘をつくはずがない…」
指導官(心の声):
「典型的な『画像信仰』だ。神経学的所見(SLR、反射、感覚、筋力)が陰性なら、まずは神経以外(体性痛)を疑え。筋肉の関連痛(Referred pain)を神経症状と勘違いして、無意味な神経治療を続けていることにいつ気づくんだ?」
今の私ならこう添削する(赤ペン先生)
「MRI とお喋りをするな」。この言葉は強烈でした。
1. 「しびれ」の翻訳ミス
患者さんが言う「しびれ」は、必ずしも医学的な「Numbness(感覚脱失)」や「Neuropathy(神経障害)」ではありません。
「重だるい」「ジワーッとする」「響く感じ」といった「鈍痛(Dull pain)」を、患者さんは「しびれ」と表現することが多々あります。
本物の神経根症状なら、デルマトームに一致した感覚障害や、明確な筋力低下、反射の減弱が見られるはずです。
2. 関連痛(Referred pain)の知識不足
お尻の筋肉(特に中殿筋・小殿筋)にトリガーポイントができると、太ももやふくらはぎに痛みを飛ばします。これを「関連痛」と呼びます。
この関連痛は、ヘルニアによる坐骨神経痛と症状の範囲がそっくりなのです。鑑別のポイントは、「お尻を押して症状が再現されるか」です。押して「あ、それです!」となるなら、原因は腰(神経)ではなく、お尻(筋肉)にある可能性が高いのです。
3. 無症候性ヘルニアの存在
「健常者の約7割にヘルニアが見つかる」という研究もある通り、画像上のヘルニアが必ずしも痛みの原因とは限りません。画像はあくまで「参考資料」。目の前の身体所見(SLR 陰性、圧痛陽性など)こそが「真実」です。
結論:画像を見る前に、患者に触れろ
「足がしびれる=神経」という固定観念は、思考を停止させ、治るはずの患者さんを迷宮入りさせてしまいます。
「その『しびれ』は、本当に神経から来ているのか? それとも筋肉の叫び(関連痛)なのか?」
この問いを持ち、正しく鑑別(トリアージ)できた時、あなたの治療成績は飛躍的に向上します。腰ばかり揉んで治らないなら、一度お尻の奥深くを探ってみてください。そこに「スイッチ」があるかもしれません。
📚 参考文献
- Jensen MC, et al. (1994). “Magnetic resonance imaging of the lumbar spine in people without back pain.” N Engl J Med. 腰痛のない健常者の MRI を撮ると、高確率でヘルニアや膨隆が見つかることを証明した有名な論文。「画像上の構造異常=痛みの原因」という常識を覆す。
- Travell JG, Simons DG. (1992). “Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual.” 筋筋膜性疼痛症候群とトリガーポイントの世界的バイブル。小殿筋・中殿筋が坐骨神経痛そっくりの関連痛を引き起こすメカニズムが詳細に図解されている。
- Shacklock M. (2005). “Clinical Neurodynamics: A New System of Neuromusculoskeletal Treatment.” Elsevier. 神経症状(ニューロダイナミクス)評価と治療のバイブル。SLR やスランプテストを単なるストレッチではなく「検査」として正しく使い、体性痛と神経原性疼痛を鑑別する論理が学べる。