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各論 臨床推論 シリーズ:修士の臨床記録 #4

【修士の臨床記録 Vol.4】夜間痛で眠れない患者の肩を、無理やり回していた私の狂気。〜「熱意」が「凶器」に変わる時〜

2026/2/3

この記事で分かること

読了時間:約 4 分

  • 肩関節周囲炎の病期(炎症期/拘縮期/回復期)による介入方針の違い
  • 「防御性収縮」と「拘縮」を混同して突破すると、侵害受容入力が脳を感作する
  • 「動かすべきか、休ませるべきか」の判断こそ最優先の臨床推論

はじめに:「固まるのが怖い」という呪い

肩が上がらない。夜も痛くて眠れない。そんな患者さんを目の前にした時、新人時代の私は焦りに支配されていました。

「早く動かさないと、関節が固まって(拘縮して)しまう!」

先輩や教科書から刷り込まれたこの「呪い」のせいで、私は患者さんの「痛い!」という悲鳴を、「治るための必要な痛み」だと自分に言い聞かせ、心を鬼にして関節を動かし続けました。

今なら分かります。当時の私がやっていたことは、**治療ではなく「拷問」**に近かったと。

今日は、病期(タイミング)を見誤り、良かれと思って症状を悪化させていた、10年前の私の恥ずべき記録を公開します。

【公開】10年前の生々しい臨床リフレクション(肩関節周囲炎編)

これは、強い夜間痛と可動域制限を訴える、50代女性の肩関節周囲炎(急性期〜亜急性期)を担当した際の、指導官との振り返り記録です。

当時の私は、「拘縮予防=早期から動かすこと」と短絡的に考え、痛みを伴う他動的な可動域訓練(ROMex)を積極的に行っていました。

【2016.5.26 振り返り記録(肩関節周囲炎)】

私(当時): 「夜間痛がまだ強く、結帯動作(エプロンを結ぶ動作)も全然改善しません。でも、今動かさないと凍結肩になってしまうので、痛みを少し我慢してもらって、最終域までストレッチをかけています。もっと積極的に動かすべきでしょうか?」

指導官: 「……あのね、昨日患者さんがポロッと言ってたよ。『先生のリハビリを受けた日の夜は、特に痛くて眠れないのよ』って」

私(当時): 「えっ……。でも、可動域を広げるためには多少の痛みは仕方ないんじゃ…?」

指導官: 「(深い溜息)。君は、火事が起きて燃え盛っている家(炎症期)の中で、『家具が傷むから』って、家具を引きずり回しているようなもんだよ。火に油を注いでどうするの? 今、君の『熱意』は、患者さんにとって『凶器』にしかなってないよ。」

私(当時): 「…………(顔面蒼白)」

今の私が、この会話を「翻訳」するとこうなります

当時の私(心の声):

「関節が固まるのが怖い。教科書にも早期リハビリが大事って書いてあった。だから動かさなきゃ。痛いのは効いている証拠だ…」

指導官(心の声):

「この子は『病期(ステージ)』が全く見えていない。今は炎症を鎮める時期なのに、動かすことで侵害刺激を加え続けている。このままじゃ、君が難治性の凍結肩を作ることになるぞ」

今の私ならこう添削する(赤ペン先生)

「熱意が凶器になる」。指導官の言葉は今も胸に刺さっています。

1. 「病期(ステージ)」の完全な無視

肩関節周囲炎には明確なステージ(炎症期→拘縮期→回復期)があります。

当時の患者さんは、強い夜間痛と安静時痛がある「炎症期(Freezing phase)」でした。この時期の最優先事項は「安静と消炎」です。

にもかかわらず、私は「拘縮期(Frozen phase)」に行うべき積極的な可動域訓練を行っていました。タイミングが最悪です。

2. 「防御性収縮」と「拘縮」の混同

私が「硬い」と感じて無理やり伸ばしていたのは、組織が癒着した「拘縮」ではなく、痛みを避けるために筋肉が反射的に力んでしまう「防御性収縮(Muscle Spasm)」でした。

防御反応を力ずくで突破しようとすれば、脳はさらに強い防御指令(=もっと強い痛みと緊張)を出します。完全に逆効果です。

3. 侵害受容入力(Input)の増大

炎症が起きている組織を無理に引き伸ばす行為は、強力な「侵害受容入力(Input)」となります。これは脳の感作(Central Sensitization)を引き起こし、痛みを慢性化・難治化させる直接的な原因になります。

私が一生懸命やっていたのは、治療ではなく「痛みの学習」でした。

結論:正しい「知識」がなければ、優しい「手」は育たない

「患者さんを良くしたい」という熱意は素晴らしいものです。しかし、その熱意を向ける方向を間違えると、取り返しのつかないことになります。

「今は、動かすべき時か、休ませるべき時か?」

この見極め(臨床推論)ができないまま、闇雲に患者さんの体に触れてはいけません。優しい手技は、正しい論理の上にしか成り立たないのです。

📚 参考文献

  • Kelley MJ, et al. (2013). “Shoulder Pain and Mobility Deficits: Adhesive Capsulitis”. JOSPT. APTA 作成の凍結肩クリニカルプラクティスガイドライン。「過敏性(Irritability)」を High・Moderate・Low の3段階に分類し、それぞれの時期に「何をすべきか/すべきでないか」が明示されている。
  • Maitland GD. (2005). “Maitland’s Peripheral Manipulation”. Elsevier Butterworth-Heinemann. Movement Diagram を用いて、関節を動かした時に「痛み(Pain)」が先に出るのか、「抵抗(Resistance/Spasm)」が先に出るのかを正確に評価する手法が学べる。防御性収縮を無理やり突破する事故を防げる。
  • Moseley GL, Butler DS. (2017). “Explain Pain Supercharged”. Noigroup Publications. 炎症期に侵害刺激を加え続けることが、どのように脳や脊髄の感作を引き起こし、痛みを難治化させるのかという「痛みの学習メカニズム」が詳細に解説されている。