【修士の臨床記録 Vol.2】「痛いのは肘です」という言葉を鵜呑みにした私の末路。〜木を見て森を見ず〜
2026/1/26
この記事で分かること
読了時間:約 4 分
- ✓ 「痛い場所=治療すべき場所」ではない
- ✓ 肘は被害者、犯人は胸郭・股関節の運動制御エラー
- ✓ モグラ叩きを卒業するための「森を見る」臨床推論
はじめに:前回の反響と、新たな「黒歴史」
今回も私のPCの奥底から発掘された、10年前(2016年)の臨床実習の記録を公開します。今回のテーマは「スポーツ障害(野球肘)」です。
当時の私は、患者さんの「肘が痛い」という訴えに引きずられ、ひたすら肘のマッサージばかりしていました。その結果、何が起きたか?
これは、「木(患部)」ばかり見て、「森(全身のシステム)」を見ようとしなかった、未熟なセラピストの記録です。
【公開】10年前の生々しい臨床リフレクション(野球肘編)
これは、右肘の痛みを訴える高校球児(投手)を担当した後の、指導官(メンター)との振り返り記録です。彼は投球のリリース時に肘の内側に痛みが出ていました。
当時の私は「内側上顆炎だろうから、前腕屈筋群が硬いに違いない」と決めつけ、前腕のストレッチとマッサージに終始していました。しかし、練習を再開すると痛みはすぐに再発します。
以下、指導官とのやり取りの抜粋です。
【2016.7.26 振り返り記録(野球肘)】
私(当時): 「えっと…前腕の屈筋群、特に円回内筋あたりのスパズム(筋緊張)が強いので、そこを引き続きリリースしています。投球後のアイシング指導も徹底しています。でも、投げるとやっぱり痛いみたいで…」
指導官: 「うん、前腕がパンパンなのは分かった。で、『なぜ』パンパンなの?」
私(当時): 「えっ? …えっと、投げすぎ(オーバーユース)だから、ですかね?」
指導官: 「(ため息)。あのね、彼、ワインドアップからコッキングにかけて、胸郭が全然回ってないじゃない。体幹が回らない分のストレスを、全部あの小さな肘関節で受け止めている状態だよ。君が一生懸命ほぐしているその肘は、下手くそなフォームの『被害者』であって、『犯人』じゃないんだよ。」
私(当時): 「……あ。(絶句)」
今の私が、この会話を「翻訳」するとこうなります
当時の私(心の声):
「痛いのは肘なんだから、肘を治すのが当たり前だろう。筋肉が硬いからマッサージする。間違ってないはずだ…」
指導官(心の声):
「この子はいつになったら『患部外』を見るんだろう。肘が悲鳴を上げているのは『結果』であって『原因』じゃない。運動連鎖全体(システム)のエラーを見つけないと、一生モグラ叩きだぞ」
今の私ならこう添削する(赤ペン先生)
穴があったら入りたいですね。指導官の「肘は被害者であって犯人じゃない」という言葉は、今でも私の臨床の指針になっています。
今の経験値(臨床15年・修士)を持った私が、10年前の私にアドバイスするなら、前回の「成熟した生命体モデル」を用いてこう指摘します。
1. 「Output(結果)」しか見ていない
当時の私は、肘の痛みや筋緊張という「Output(結果として表出したエラー)」を消すことに必死でした。しかし、なぜそのOutputが出たのか?という根本原因を探ろうとしませんでした。
2. 真犯人は「運動制御(Motor Control)」のエラー
指導官が指摘した「胸郭が回っていない」という事実。これは、投球動作という複雑なシステムにおける「運動制御(Motor Control)」のエラーです。
体幹や股関節という大きなエンジンが機能不全を起こしているため、末端の肘関節に過剰な負荷がかかる運動パターンを選択せざるを得なかったのです。
3. アプローチの順序が逆
私がやるべきは、被害者である肘を慰める(マッサージする)ことではありません。犯人である「胸郭や股関節の機能不全」を修正し、「肘に負担のかからない運動パターンを再学習させる」ことでした。
システムのエラーを放置したまま患部をいじるのは、雨漏りしている天井を直さずに、床を拭き続けているのと同じです。
結論:「痛い場所」は嘘をつかないが、真実も語らない
患者さんは「ここが痛い」と訴えます。それは嘘ではありません。しかし、そこが「治療すべき場所」であるとは限らないのです。
プロフェッショナルである我々は、患者さんの訴え(主観)を尊重しつつも、一歩引いた視点で全身のシステム(客観)を俯瞰しなければなりません。
「木(患部)を見て、森(全身)も見る」。言うは易く行うは難しですが、この視点を持てた時、あなたの臨床は劇的に変わります。
📚 参考文献(さらに深く学びたいあなたへ)
- Kibler WB. (1998). “The role of the scapula in athletic shoulder function”. The American Journal of Sports Medicine. 投球障害における「運動連鎖」の概念を学ぶ上で非常に重要な論文。体幹や股関節で生み出されたエネルギーが、肩甲骨を介してどのように腕へ伝達されるか、そのシステムが破綻した時に肘にどのような悲劇が起こるかが理解できる。
- Sahrmann SA. (2005). “運動機能障害症候群のマネジメント”. 医歯薬出版. 「なぜその関節に過剰なストレスがかかったのか?」を、隣接関節の相対的柔軟性(Relative Stiffness)や運動パターンのエラーから紐解くためのバイブル。「胸郭が回らないから肘が壊れる」というメカニズムを論理的に説明できるようになる。
- Maitland GD. (2005). “Maitland’s Peripheral Manipulation”. Elsevier Butterworth-Heinemann. 局所の評価と治療の基本。局所(肘)の関節運動や組織の状態を正確に評価・鑑別できる技術があるからこそ、自信を持って「局所以外(患部外)」の問題へと推論を広げることができる。