【修士の臨床記録Vol.1】10年前の私の「未熟なリフレクション(腰椎椎間関節痛)」を公開処刑する。〜なぜ、あの時治せなかったのか〜
2026/1/22
この記事で分かること
読了時間:約 5 分
- ✓ 「関節が硬いから痛い」という Input 固執の失敗パターン
- ✓ Gifford「成熟した生命体モデル」(Input/Processing/Output) の臨床運用
- ✓ 恐怖心 Processing を見逃して手技に逃げる "治療者のエゴ" の自覚
これは、ある40代女性の「腰椎椎間関節痛(疑い)」の患者さんを担当した後の、指導官(メンター)との振り返り記録です。
当時の私は、「関節が硬いから痛いんだ」と思い込み、徒手療法(モビライゼーション)を行うことばかり考えていました。しかし、患者さんの反応は芳しくありません。
苦し紛れに専門用語を並べて言い訳をする私と、それを見透かす指導官のやり取りです。
【2016.4.21 振り返り記録(抜粋・編集)】
私(当時): 「えっと……脳(中枢)が運動制御(モーターコントロール)を阻害している要因かもしれません。だから逆に、運動制御からアプローチすれば、脳の方も変わっていくとも考えられるんじゃないかと……(震え声)」
指導官: 「可能性はゼロではないよね。でも、今の君の仮説でそれやる? メカニズムも分かってないのに、ただの当てずっぽうだよね」
私(当時): 「……(沈黙)」
指導官: 「よく観察してごらん。彼女、実際に『痛い』とは言ってないよ。ただ『動きを止めている』だけだ。『怖い』とは言わないけれど、『この辺でちょっと…』みたいな感じで、自分で防御して止めているんだよ。そっち(恐怖心)をもっと重要視すべきじゃない?」
指導官: 「患者さんにとっては『何もしない』のはダメなことかもしれない。でも、君(治療者)的には『何もしなくても良かった』かもね。もし彼女の『恐怖心(認知の問題)』さえ解決できていれば、わざわざベッドでその手技をする必要はなかったかもしれないよ」
今の私が、この会話を「翻訳」するとこうなります
当時の私(心の声):
「手技をやりたい。関節を触りたい。だから『運動を直せば脳も良くなるはずだ』という、もっともらしい理屈をこねて、徒手療法を正当化しよう…」
指導官(心の声):
「それは自分のエゴだよね。患者さんは組織が壊れて痛がっているんじゃない。『動かすのが怖い』から、自分でブレーキをかけているだけだ。もし君が『怖くないですよ、安全ですよ』と納得(認知変容)させることができていれば、物理的な治療なんてしなくても、彼女は治っていたかもしれないよ」
今の私ならこう添削する(赤ペン先生)
読み返すと、穴があったら入りたいくらい恥ずかしいやり取りです。指導官の先生は、遠回しにこう言っています。
「お前は、患者の身体(組織)ばかり見て、患者の脳(心・恐怖心)を見ていない」
今の経験値(臨床15年・修士)を持った私が、10年前の私にアドバイスするなら、以下の3点を指摘します。
1. 「成熟した生命体モデル(Mature Organism Model)」の不理解
大学院で散々学んだはずの Louis Gifford の「成熟した生命体モデル」が、臨床で全く使えていませんでした。
当時の私は、痛みの原因を「Input(組織からの侵害受容入力)」だと決めつけていました。だから「関節を動かせば治る(モビライゼーション)」という発想しかありませんでした。
しかし、記録にある「動きを止めてしまう」「表情が硬い」という所見は、脳での「Processing(情報の吟味・処理)」の段階で、動きを脅威とみなしている証拠です。その結果として、「Output(防衛反応・筋スパズム)」が生じている。
彼女は「動けない(硬い)」のではなく、脳が身体を守るために「動かない(防御)」という Output を選択していたのです。
2. 「治す」の定義のズレ
指導官の「君的には何もしなくても良かったかもね」という言葉。これは強烈な皮肉であり、真理です。
もし痛みの本質が、Processing(脳の吟味)における「恐怖や誤った認識」にあるなら、必要なのはマッサージではありません。
「この動きは安全ですよ」「壊れていませんよ」という**「教育(認知への介入)」こそが、脳の Processing を書き換え、痛みの Output を鎮静化させる治療**になります。
当時の私は、自分の手を動かすこと(Doing)=治療だと思い込み、頭を動かすこと(Thinking)をサボっていました。
3. 恐怖心への感度
患者さんが「痛い」と言った時、それが「Input(組織損傷)」の信号なのか、「Processing(脳の過去の記憶や情動)」が生み出した警告信号なのか。
この見極めができないまま患部を触ることは、地雷原をスキップして歩くようなものです。10年前の私は、地雷の存在に気づきもせず、ただ一生懸命に地雷を踏もうとしていました。
結論:センスの正体は「論理」である
「大学院に行けば魔法が使える」と思っていた私は、この後も何度も壁にぶつかり、その度に「なぜ?(Why)」を問い続けました。
臨床推論(クリニカルリーズニング)は、一朝一夕では身につきません。しかし、「感覚」ではなく「正しい思考の枠組み(論理)」を持てば、誰でも必ず成長できます。
「なんとなく治った」ではなく、「狙って治せた」と言えるようになりたいあなた。そのための思考の種まきを、今から始めませんか?
📚 参考文献(さらに深く学びたいあなたへ)
今回の記事で触れた「成熟した生命体モデル」や「痛みの Processing」、「クリニカルリーズニング」について、大学院時代に貪るように読んだ、そして今でも読み返す「バイブル」たちを紹介します。
- Gifford L. (1998). “The Mature Organism Model”. Topical Issues in Pain, Vol 1. この記事の核となるモデル。Input(組織)→ Processing(脳)→ Output(反応)の思考枠組みを、生物学・心理学・社会学的な視点で統合して学べる原典。
- Moseley GL, Butler DS. (2017). “Explain Pain Supercharged”. Noigroup Publications. 脳がどのように痛みを生成(Processing)し、恐怖心や誤った認識が痛みをどう修飾するかを豊富な図解と科学的根拠に基づいて解説。患者教育のスキルを高める一冊。
- Jones MA, Rivett DA. (2004). “Clinical Reasoning for Manual Therapists”. Butterworth Heinemann. クリニカルリーズニングのバイブル。情報収集から仮説立案、検証に至るまでの論理的な思考プロセスが体系的にまとめられている。邦訳『徒手療法のための臨床推論』あり。
- Vlaeyen JW, Linton SJ. (2000). “Fear-avoidance and its consequences in chronic musculoskeletal pain: a state of the art”. Pain. 恐怖回避思考(Fear-Avoidance Beliefs)の最重要論文。指導官が指摘した「怖くて動きを止めている」状態が、どのように慢性痛へ移行するかのメカニズムを学べる。