理学療法士の自費開業は、なぜ「問題視」されるのか──線を引いてから、看板を作る
2026/8/4
この記事で分かること
読了時間:約 21 分
- ✓ 自費サロンでやっているのは「理学療法士が、民間療法を提供している」それだけ。それ以上に見せようとするから話がおかしくなる
- ✓ 資格は能力の保証ではない。上に立つためではなく、逃げ道を塞いで責任を引き受けるためのもの
- ✓ 「問題視」の出どころは2015年の協会の急告。協会も国も、線を引く場所は同じだった
- ✓ 理学療法の定義は「対象・目的・手段」の3要素。1つでも欠ければ定義上の理学療法ではない
- ✓ 「障害の有無」は判定基準が存在せず、判定しようとすること自体が診断に近づく。線は「自分の目的」で引く
- ✓ 分かれ目は「診療の補助かどうか」。該当しない業務なら医師の指示は不要(厚労省通知)だが、それは理学療法でもない
- ✓ 問題視されているのは開業そのものではなく、資格を看板にして枠外のサービスを売る曖昧さ
- ✓ 私は「あくまでも民間療法」と先に言い、初回に5点を説明して同意を得てから施術に入る
- ✓ 「原因は◯◯です」と言い切らない。断定するかわりに、動きの変化を体験してもらう
- ✓ マッサージは業務独占(あはき法)。言葉と中身の設計の両方で線を引く
- ✓ 本音を言えば強い言葉は使いたくなる。私も5年目の今年、チラシに書いて差し戻された
- ✓ 言葉を強くする前に、焦らなくていい価格設計をする。順番はそっち
- ✓ いまはグレーのまま置かれている。この場所が続くかは、ここで仕事をしている側次第
開業を調べていると、必ずぶつかる壁
セラピスト向けのある媒体で、こんな一文を読みました。
理学療法士等が自費にて治療院や整体院として事業を行うケースが増えております。これらの行為が問題視されております。
——セラピスト向け媒体の掲載規約より
自費サロンを4年やっている私は、まさにここに名指しされている側です。
最初に正直なことを言うと、この指摘はもっともだと思っています。腹も立ちませんでした。むしろ、開業を考えている人ほど、この「問題視」の中身を先に知っておいたほうがいい。曖昧なまま始めると、あとで自分が困るからです。
この記事では、なぜ問題視されるのかを整理して、そのうえで私自身がどこに線を引いているかを公開します。
📌 はじめにお断りしておきます。私は弁護士ではありません。ここに書くのは、私が調べて理解した範囲と、私の店で実際にやっている運用です。ご自身のケースの法的な判断は、必ず専門家や行政の窓口にご確認ください。
「問題視」の出どころは、11年前の文書にありました
この記事を書くにあたって調べていて、出どころらしき文書に行き当たりました。日本理学療法士協会が2015年1月に出した「急告」です。タイトルは「保険適用外の理学療法士活動に関する本会の見解」。
冒頭にこう書かれています。
最近、理学療法士が施術所、患者宅等において脳卒中後遺症患者、腰痛・頸肩腕障害患者等に対し、医療保険、介護保険を利用せず、理学療法を実施する行為を宣伝したホームページが見受けられます。また、各地から理学療法士による違反行為としての指摘を受けております。
——日本理学療法士協会「急告:保険適用外の理学療法士活動に関する本会の見解」(2015年1月30日)
そして、協会の立場が明記されています。
本会としましては、理学療法士の「開業権」及び「開業」については、現行法上、全く認められるものではないとの見解に立っています。
——同「急告」より
11年前の文書です。つまり「問題視されている」は最近始まった話ではなく、少なくとも2015年から続いている論点でした。
ただし、この急告には続きがあります。ここが大事なところです。
ただし、身体に障害のない方々への、予防目的の運動指導は医師法、理学療法士及び作業療法士法等に抵触しません
——同「急告」より
協会自身が、線を引いています。
- 医師の指示なく、障害のある者に理学療法を提供して業とする → 違反行為
- 身体に障害のない方への、予防目的の運動指導 → 抵触しない
後で書きますが、これは厚生労働省の通知が引いている線と同じ場所です。協会も、国も、同じところに線を置いている。
そして注意して読むと、協会が問題にしているのは「理学療法を実施する行為を宣伝したホームページ」です。開業そのものではなく、理学療法を提供すると掲げていることのほうです。
なお、事故が起きたときの責任について、急告はこうも書いています。
事故あるときには、他の法的責任が免除されることはありません
——同「急告」より
抵触しないことと、責任を負わないことは別だ、という当たり前の指摘です。ここも押さえておいたほうがいいと思います。
論点1:分かれ目は「診療の補助かどうか」
理学療法士及び作業療法士法では、理学療法は医師の指示のもとで行うものと定められています。
ただし、ここには続きがあります。厚生労働省は2013年に「理学療法士の名称の使用等について」という通知を出していて、そこにはこう書かれています。
診療の補助に該当しない業務の場合、医師の指示は不要である
——厚生労働省「理学療法士の名称の使用等について」(平成25年11月27日 医政医発1127第3号)
通知では、介護予防事業などで身体に障害のない人に転倒防止の指導をするような業務が、その例として挙げられています。
つまり、線はここで引かれています。
- 診療の補助に当たること(医療としてのリハビリ)→ 医師の指示が必要。これが理学療法
- 診療の補助に当たらないこと(健康増進、予防、コンディショニング)→ 医師の指示は不要。ただし、それは理学療法ではない
私が自費サロンでやっていることは後者です。だから医師の指示は要りません。そのかわり、理学療法でもない。資格の上に成り立ってはいますが、法律が定義する理学療法そのものではないということです。
では「障害のある人」に何もできないのか
ここで、当然の疑問が出ます。協会の急告は「障害のない方への予防目的の運動指導は抵触しない」と書いていました。では、障害のある人が来たら、何もできないのか。そもそも障害の有無は、誰がどうやって判断するのか。
私も長いあいだ、ここが分かっていませんでした。調べ直して、読み方が変わりました。
理学療法士及び作業療法士法の第2条は、理学療法をこう定義しています。
「理学療法」とは、身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、及び電気刺激、マツサージ、温熱その他の物理的手段を加えることをいう
——理学療法士及び作業療法士法 第2条
よく読むと、理学療法は3つの要素の組み合わせで定義されています。
- 対象 ── 身体に障害のある者に対し
- 目的 ── 主としてその基本的動作能力の回復を図るため
- 手段 ── 運動、電気刺激、マッサージ、温熱その他の物理的手段
3つそろって、はじめて理学療法です。裏を返せば、どれか1つでも欠ければ、条文が定義する理学療法ではないということになります。
私はずっと、1つめの「対象」だけを見ていました。障害があるかないか、という線の引き方です。でもそれは、たぶん筋が悪い。
「障害の有無」は、そもそも判定できない
法律は「障害」を定義していません。1965年の施行通知も「身体又は精神に障害のある者」と書くだけで、範囲を示していない。判定基準はどこにも存在しないのです。
しかも自費サロンに来る方の多くは、医師の診断を受けていません。障害があるかどうか、確定していない状態で来られます。
そして厄介なことに、「この人には障害があるだろうか」と自分で判定しようとすること自体が、診断に近づいていきます。線を守ろうとして、線を越えてしまう構造です。
だから私は、判定するのをやめました。かわりに、線を引く場所を変えました。
相手の状態ではなく、自分の目的で線を引く
判定できないもの ── 相手に障害があるかどうか。 判定できるもの ── 自分が何を目的にやっているか。
後者なら、自分で決められます。記録もできるし、お客様にも説明できる。毎回ぶれません。
私がやっているのは、基本的動作能力の回復を図ることではありません。動きの質を整えること、悪くならないようにすること、日常が楽になる状態をつくること。目的が違うので、条文が定義する理学療法には当たらない、という整理です。
そしてこれは、この記事でずっと書いてきたことと同じです。原因を断定しない。治ると言わない。回復を約束しない。それらは全部、目的の側から線を引いているということでした。
なお、民間療法そのものについては、1960年の最高裁判決があります。医業類似行為は「人の健康に害を及ぼすおそれのある業務行為」でなければ、禁止や処罰の対象にならないという判断です。整体やリラクゼーションが成り立っているのは、この判決が土台になっています。
ただし、正直に限界も書いておきます。ここまでは条文をそのまま読んだ解釈で、行政や司法が同じ読み方をする保証はありません。条文には「主として」という留保もあります。そして何より、看板を「コンディショニング」に変えても、実際にやっていることが回復を目指した訓練なら、そう判断されるはずです。
言葉ではなく、中身のほうが問われる。結局そこに戻ってきます。
スポーツ現場を例にすると分かりやすい
この線引きは、スポーツの現場に置き換えるとはっきりします。
チームドクターが選手を診察して、その指示のもとで受傷後の可動域訓練を行う。これは診療の補助に当たり得ます。医師の指示があり、医療として成立しています。
一方、怪我をしていない選手のコンディショニングやパフォーマンス向上の指導は、医師がいてもいなくても、そもそも診療の補助ではありません。だから指示は要らないし、それは理学療法とも呼びません。
分かれ目は「医師がいるかどうか」ではなく、「やっていることが診療の補助かどうか」です。ここを取り違えると、話が噛み合わなくなります。
そして自費サロンは、後者と同じ側にあります。
論点2:名称独占であって、業務独占ではない
もうひとつ、混同されやすいところがあります。
理学療法士は名称独占の資格です。資格がない人が「理学療法士」と名乗ることはできません。しかし、体に触れて動きを整えたり、運動を指導したりする行為そのものを、理学療法士だけが独占しているわけではありません。
だから整体師やトレーナーが体を診ることは違法ではないし、逆に言えば、理学療法士が自費で開業する場合も「理学療法士の知識を活かした民間療法」という位置づけになるわけです。
もっとはっきり言います。私が自宅でやっている整体は、法律上の位置づけとしては、町中にあるリラクゼーションサロンと何も変わりません。国家資格を持っているから一段上のことができる、ということはない。看板に「理学療法士」と書いてあっても、提供しているサービスの枠は同じです。
ここを認めるところから始めないと、話が始まらないと思っています。
自分が何者かと聞かれたら、私はこう答えます。
理学療法士が、
民間療法を提供している。
それだけです。
それ以上に見せようとするから、話がおかしくなる。
では、資格は何のためにあるのか。
ここは書きながら考えが変わったところです。最初は「危険を見分けて医療につなげられることが違う」と書いていました。でも、それも違うと思い直しました。
長くやっている整体師さんは、異変に気づきます。逆に、資格があっても見落とす人はいます。資格は、能力の保証ではありません。
本質的には、何も違わないのだと思います。
では何のためにあるのか。私は、逃げ道が塞がれることだと思っています。
理学療法士だと名乗った以上、逃げられません。訓練を受けた履歴がある以上、「知らなかった」では済まない。見落としたときに「素人なので」と言うこともできない。
資格は、上に立つためのものではなく、
責任を引き受けるためのもの。
そう理解しています。
もうひとつ、名乗ることの重さには続きがあります。もし私が店で事故を起こせば、ニュースは「整体師が」とは書きません。「理学療法士の男が」と書きます。私の失敗は、私の名前より先に、資格の名前で報じられる。開業して理学療法士を名乗るということは、全国の理学療法士が何十年もかけて積み上げてきた信頼から、毎日少しずつ借りて商売をするということです。協会の急告が守ろうとしたのは、制度の線だけではなく、この信頼の残高だったのだと思います。名乗った以上、逃げられない——それは自分の逃げ道の話であると同時に、同じ名前で働く人たち全員に対する責任の話でもあります。
論点3:本当に問題視されているのは何か
ここまで書いてきて分かるとおり、批判されているのは「開業すること」そのものではないと思っています。問題にされているのは、線を曖昧にしたまま資格を売り物にする構造です。
具体的には、こういうことです。
- 「理学療法士が施術します」と大きく打ち出して、医療行為が受けられるかのように思わせる
- 医師の診断も指示もないのに、痛みの原因を断定して施術する
- 資格の信頼を集客に使いながら、提供しているのは資格の枠外のサービス
これをやられると、資格そのものの信頼が削れていきます。同じ資格を持つ人たちが心配するのは、当然だと思います。
では、「理学療法士」と名乗らなければいいのか
ここまで読んで、こう思った人がいるかもしれません。資格を看板にするのが問題なら、名乗らなければいいのではないか。そもそも自費でやるなら、名乗ってはいけないのではないか。
調べたうえで書きます。結論から言うと、有資格者が名乗ること自体には問題ありません。
理学療法士及び作業療法士法の第17条は、こう定めています。
理学療法士でない者は、理学療法士という名称又は機能療法士その他理学療法士にまぎらわしい名称を使用してはならない
——理学療法士及び作業療法士法 第17条
禁止されているのは「理学療法士でない者」です。違反した場合は30万円以下の罰金と定められています。つまり名称独占とは、資格を持っていない人の使用を禁じる制度であって、持っている人の使用を制限するものではありません。むしろ、有資格者を守るための規定です。
さらに、先ほどの厚生労働省の通知には、こうも書かれています。
理学療法以外の業務を行うときであっても、「理学療法士」という名称を使用することは何ら問題ない
——前掲・厚生労働省通知(平成25年)より
私の解釈ではなく、国の通知にそう書いてあります。自費サロンでやっているのが理学療法でないとしても、理学療法士と名乗ること自体は問題ない、ということです。
だから私は、チラシにもホームページにも「理学療法士(国家資格)」と書いています。隠すことでも、恥じることでもない。
問題は、名乗るかどうかではなく、名乗り方のほうにあります。
資格名を出すこと自体は合法でも、その出し方によって「ここでは医療行為が受けられる」「病院と同じことをしてもらえる」と思わせてしまえば、それは誤認です。医療機関でないところが「治療」「診療」を想起させる表現を使えないのも、根は同じ理屈です。
私のチラシには「理学療法士(国家資格)・修士(保健学)」と書いてあります。ただし、同じ紙面に必ずこう書き添えています。
当サロンは医療機関ではなく、健康保険適用外(自費)のリハビリコンディショニングサービスです
——私のチラシに実際に載せている注記
セットにする。これが答えだと思っています。資格を出すなら、同時に枠も出す。片方だけ出すから、誤認が生まれます。
それに、「名乗らなければいい」という発想そのものが、少し逆を向いていると思います。名乗らずにぼかせば、たしかに指摘はされにくくなる。でもそれは、線を引いたことにはなりません。お客様から見れば、あなたが何者で、何ができて、何ができないのかが、かえって分からなくなります。
隠すのではなく、両方言う。そのほうが、自分もお客様も守れます。
なお、この論点はいま動いています。日本理学療法士協会は2026年7月に「理学療法士の名称の適正な使用について」という文書を公表し、「Physio(フィジオ)」「Physical Therapy(フィジカルセラピー)」「〇〇理学療法士」といった名称についても、使い方によっては名称独占の対象となり得るという見解を示しました。想定されているのは有資格者以外による使用ですが、業界がこの問題に神経を使っている状況は、これから開業する側も知っておいたほうがいいと思います。
では、私はどうしているか
ここからが本題です。批判の中身が分かったなら、次は自分の運用をそれに合わせるだけです。
あくまでも民間療法だと、先に言う
私が自費サロンで提供しているのは、あくまでも民間療法です。国家資格を持っていても、そこは変わりません。
これを曖昧にしたまま始めると、看板の言葉も、お客様への説明も、ホームページの表現も、すべて危うくなります。逆に、ここさえはっきりさせておけば、あとの判断はほとんど自動的に決まります。
初回に、5つのことを説明して同意をいただく
病院では、医師の診断を経た方だけを診ていました。自費サロンは違います。診断を受けていない方が、いきなり来られます。
なので私は初回に必ず「病院に通院していますか」「お薬は飲んでいますか」を確認したうえで、次の5点を説明し、同意をいただいてから施術に入ります。
- 当サロンは医療機関ではないこと
- 提供しているのは、あくまでも民間療法であること
- 理学療法の提供はできないこと
- 状態を見て施術が難しいと判断した場合は、お受けできないこと
- 病院の受診をお勧めする場合があること
自分とお客様の両方を守るための線引きです。面倒に見えるかもしれませんが、ここを飛ばすほうがずっと怖い。
なお、医療機関の外で最初に人を診る立場になるということは、Red Flag の除外が自分の仕事になるということでもあります。ここは開業前に必ず整理しておいてください。
「原因は◯◯です」と言い切らない
これが、理学療法士にとっていちばん引っかかるところだと思います。
原因を特定して伝えるのは、診断に近づいてしまいます。だから私は「あなたの痛みの原因は◯◯です」という言い方をしません。
でも、私たちは原因を探す訓練を受けてきた人間です。それを言えないなら、何をすればいいのか。
私の答えはこうです。疾患名で説明するのをやめて、動きの変化で共有する。
「この動きで症状が出ますね」 「ここをこう変えると、さっきより楽ですね」
お客様自身に確かめてもらう形にしています。言葉で断定するかわりに、体験してもらう。病院を出てから、いちばん考え方を変えたところです。
そしてこれは、逃げでも妥協でもないと思っています。医師が疾患を診断するのに対して、私たちが評価するのは運動機能障害です。ゴールがそもそも違う。自費の現場では、その違いが法的な線引きとしても効いてくる、というだけの話です。
広告の言葉も、そこから決まる
先日、折込チラシを印刷会社に入稿したら、審査で差し戻されました。指摘されたのは、この4語です。
- 根本
- 特定
- 原因を見つける
- 原因を特定
私のチラシには「原因を『動き』から見つけ」「根本からサポートします」「丁寧な検査で原因を特定」と書いてありました。全部書き直して、「動きなどから状態を確認して」「丁寧な状態確認」に変えました。
指摘されたときは一瞬ひるみましたが、考えてみれば当然でした。原因を断定しないと決めたのに、チラシには断定が残っていた。運用と広告が食い違っていただけです。
「治る」「改善」と書けない理由も、突きつめれば同じところから来ています。
正直に言うと、強い言葉は使いたくなる
ここまで「使わない」という話ばかり書いてきましたが、本音を書きます。
強い言葉は、効きます。
「根本改善」「痛みの原因を特定します」。こういう言葉のほうが、問い合わせは確実に増えます。使いたくなるのは当然です。とくに開業したての頃は、予約の入らない日が続くと焦ります。目の前に効く言葉があって、それを使っている同業者が繁盛していれば、自分も、と思う。
私も使っていました。5年目の今年、チラシに「根本からサポート」「原因を特定」と書いて入稿しています。差し戻されて、はじめて気づきました。
つまりこれは、開業したての人だけの話ではありません。意識していないと、集客したい気持ちのほうが勝ちます。
では、なぜやめたほうがいいのか。法律の話より前に、私が考えているのはこういうことです。
「治る」と言って来た人は、治ることを期待して来ます。当たり前です。そして期待どおりにならなかったとき、その人は裏切られたと感じます。返金を求められることもあるでしょうし、口コミに書かれることもあります。
強い言葉は、入口を広げるかわりに、
出口で自分の首を絞めます。
しかも一度でも指導が入れば、チラシも看板もホームページも全部作り直しです。私はチラシ1枚の差し戻しで済みましたが、これが配布後だったら、印刷代がまるごと消えていました。
では、強い言葉を使わずにどう集めるのか。
私の場合は、価格の設計でした。稼働4割で黒字になる値段にしておけば、満員にしなくても生き延びられます(自費の価格、どう決めた?)。生き延びられるなら、焦って強い言葉に手を出す必要がなくなる。
言葉を強くする前に、焦らなくていい設計にする。順番はそっちだと思っています。
もうひとつの線:「マッサージ」は別の資格の領域です
ここまで書いてきたのは、理学療法士の資格に関する線でした。実務ではもうひとつ、別の法律の線があります。
あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(あはき法)です。
理学療法士が名称独占なのに対して、あん摩マッサージ指圧師は業務独占です。つまり、その資格がなければ、マッサージを業として行うことはできません。
理学療法士がマッサージを行えるのは、医師の指示のもとで診療の補助として行う場合に限られる、というのが一般的な理解です。医師の指示がない自費の場で、健康増進や疲労回復を目的としたマッサージを業として行うことは、あはき法に抵触するという指摘があります。
ここは解釈が完全に固まっている領域ではありません。ただ、開業する側としては、いちばん現実的なリスクだと思っています。理学療法士の線引きばかり気にして、こちらを見落としている人が多いからです。
私が気をつけているのは、次の2点です。
ひとつは、言葉。「マッサージ」「指圧」「もみほぐし」といった語は使いません。メニュー名にも、チラシにも、ホームページにも出していません。
もうひとつは、中身の設計です。慰安や疲労回復を目的にした施術ではなく、動きの評価と、それに基づく個別のプログラムという形にしています。同じ手で触っていても、何のために触っているかが違えば、やっていることは別物です。
言葉を避けるだけの小手先ではなく、実際にそういう仕事をしているかどうか。ここが問われるところだと思っています。
なお、繰り返しになりますが、私は弁護士ではありません。ご自身のメニュー設計や表現が問題ないかどうかは、必ず専門家や行政の窓口にご確認ください。
それでも、病院に通いながら来る人がいる
ここまで、できないことばかり書いてきました。医師の指示がなければ理学療法ではない。原因は断定できない。法的な枠はリラクゼーションサロンと同じ。
では、なぜこの仕事が成り立つのか。
私の店に来られる方の多くは、病院に行ったあとの人です。診てもらって、画像も撮って、「異常なし」と言われた。あるいは「年のせいですね」「様子を見ましょう」と言われた。それでも痛い。だから来られます。
これは、病院が悪いという話ではありません。
保険のリハビリは、疾患名がないと始められません。始まっても期限があります。一回の時間も決まっています。制度が守備範囲を決めていて、その範囲の中では、病院はきちんと仕事をしています。
問題は、守備範囲の外にも人がいることです。
- 画像に写らない痛みを抱えている人
- リハビリの期限が来て「終わりです」と言われた人
- 手術も薬も必要ないと言われたが、生活は不便なままの人
- そもそも自分の体に何が起きているのか、説明されていない人
この人たちは、医療の失敗ではありません。制度の設計上、そこに居場所がないだけです。私が保険リハビリを出た理由も、突きつめればここにありました(なぜ保険リハを飛び出して、自費の道を選んだのか)。
そして、この構造が分かると、自分の仕事の輪郭もはっきりします。
私たちは医療の代わりではありません。医療が守備範囲を終えたところ、あるいはまだ入っていないところで、動きの問題に付き合う仕事です。
だからこそ、目の前の人が実は医療の守備範囲にいると分かったときは、すぐにそちらへ戻す。線を引くというのは、断ることではなく、その人がいるべき場所を見極めることでもあります。
いまは、グレーのまま置かれている
最後に、私の見立てを書きます。ここから先は法令の話ではなく、4年やってきて感じていることです。
理学療法士の自費開業は、いま黙認に近い状態にあると思っています。医師法にも、理学療法士法にも、あはき法にも、正面からぶつからない範囲でやっている限り、実務上は問題にされていない。行政も業界も、本音のところは「うまくやってくれ」なのだと思います。
問題になるのは、正面から衝突する人が出たときです。
医療機関のように見せる。治ると言い切る。診断のような説明をする。マッサージを看板に掲げる。そういう例が目につくようになれば、業界団体は黙っていられなくなります。指摘せざるを得ない。そして、それが積み重なれば、次に動くのは制度の側です。
ルールができるのは、たいてい誰かがやりすぎたあとです。
つまり、この場所が続くかどうかは、ここで仕事をしている私たち次第だということです。冒頭に引用した「問題視されております」という一文も、そう読むと意味が変わってきます。あれは攻撃ではなく、たぶん警告です。
だから、これから開業する人にお願いしたいことがあります。
抵触しないように、やってください。
グレーだから何でもやっていい、という意味ではありません。逆です。グレーだからこそ、誰にも言われないうちに自分で線を引く。見られていなくても、看板の言葉を選ぶ。それができる人が増えるほど、この場所は残ります。
私が線引きの話をしつこく書いているのは、自分が困らないためだけではありません。
これから開業する人へ
伝えたいことは、ひとつだけです。
線を引いてから、看板を作ってください。
順番が逆になると、あとで全部やり直しになります。私はチラシで一度やり直しました。看板、ホームページ、メニュー表、説明の言葉——全部が線引きの上に乗っています。
そして、線を引くことは、あなたの仕事を小さくしません。むしろ、どこまでが自分の領分かがはっきりするほど、目の前の人にできることは増えていきます。「治します」と言えなくても、動きが変わったことは一緒に確かめられます。それで十分に喜ばれます。
問題視されている、という事実からは目を逸らさないほうがいい。そのうえで、自分は違うと言える運用を作る。それが、資格を持って自費でやる人間の責任だと思っています。
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実務の備え:
よくある質問
Q. 協会は「理学療法士と名乗らず整体をしてほしい」という見解なのですか?
A. いいえ。急告が名指しで問題視しているのは「理学療法を実施する行為を宣伝したホームページ」——つまり名乗りではなく、理学療法を提供すると掲げることです。名称独占(PT法17条)は資格のない人が名乗ることを禁じる規定で、有資格者が事実として名乗ること自体に問題はありません。協会自身が「障害のない方への予防目的の運動指導は抵触しない」と線を引いています。名乗ってよい、ただし理学療法(医療)を提供していると誤認させるな——これが協会と国に共通する線です。
Q. では、自費サロンで提供しているものは何なのですか?
A. 理学療法ではない何か——私の言葉で言えば民間療法、営業の言葉で言えばコンディショニングです。厚労省の通知が引く線のとおり、医師の指示なく行う行為は定義上、理学療法ではありません。だから私は「理学療法を提供します」とは書かず、資格は経歴の事実として示し、提供内容は医療でないことを先に説明してから施術に入ります。
Q. 自費で開業すると、協会から処分されるのですか?
A. 急告は「開業権・開業は現行法上認められない」という協会の見解表明であって、法律上の禁止でも処分の予告でもありません(そもそも開業を禁じる法律の条文はありません)。同じ急告が予防目的の運動指導は法に抵触しないとも明記しています。ただし「事故あるときには、他の法的責任が免除されることはありません」という急告の一文は重く受け止めるべきです。守られるかどうかではなく、自分で責任を引き受けられる線引きができているか——それがこの記事全体の主題です。