Physio Kimura Academy
各論 臨床推論 シリーズ:修士の臨床記録 #9

【修士の臨床記録 Vol.9】切れている腱板にゴムチューブを持たせていた私の愚行。〜その「カフトレ」が関節を破壊する〜

2026/3/30

この記事で分かること

読了時間:約 5 分

  • 腱板機能不全+三角筋代償=骨頭の上方偏位でヤスリがけが起きる
  • 代償運動での自動運動反復は中枢性感作を引き起こす
  • 土台(肩甲骨の安定)→ 求心位 → 末端運動、の順番を守る

はじめに:条件反射の「ゴムチューブ」

「腱板断裂(損傷)ですね。インナーマッスルが弱っているので鍛えましょう」 「はい、このゴムチューブを引っ張って。脇を締めて、外側に開いてー」

整形外科クリニックで毎日のように見かける光景です。新人の頃の私も、腱板損傷の患者さんが来れば、条件反射のようにセラバンド(ゴムチューブ)を手渡していました。

しかし、その患者さんは一向に良くならないどころか、「先生、リハビリの後は肩がズキズキ痛むんです」と訴え始めました。

なぜか? それは、私が「インナーマッスルを鍛える」ことばかりに気を取られ、関節の中で何が起きているか(メカニクス)を全く見ていなかったからです。

【公開】10年前の生々しい臨床リフレクション(肩腱板断裂編)

これは、右肩の挙上時痛を訴える60代女性(右肩腱板断裂の診断あり)を担当した際の、指導官(メンター)との振り返り記録です。

当時の私は、「腱板が切れて機能不全を起こしているなら、残っているインナーマッスルを強化して補うしかない」と短絡的に考え、ゴムチューブを使った内外旋のトレーニングを反復させていました。

【2016.10.18 振り返り記録(右肩腱板断裂)】

私(当時): 「棘上筋の機能不全を補うために、ゴムチューブを使って腱板のトレーニングを行っています。でも、運動を反復しているうちにだんだん痛みが強くなってしまうようで……。負荷が強すぎるのでしょうか?」

指導官: 「負荷の大きさ以前の問題だよ。彼女がチューブを引く瞬間、肩がどうなっているかちゃんと見た?」

私(当時): 「え? ……あ、少し肩がすくんでいるというか、力が入っている感じはします」

指導官: 「少しじゃないよ。肩がすくんで、腕の骨(上腕骨頭)が上にガッツリ突き上がっているじゃない。骨頭を正しい位置に抑え込む力(求心位)がないのに抵抗をかけたら、アウターマッスル(三角筋)が過剰に働いて、肩峰の下で組織を挟み込む(インピンジメント)だけだよ。君がやらせているのはトレーニングじゃない。**残っている腱板をゴリゴリと削り取る『ヤスリがけ(肩破壊運動)』**だよ。」

私(当時): 「…………(血の気が引く)」

今の私が、この会話を「翻訳」するとこうなります

当時の私(心の声):

「腱板が弱いんだから鍛えればいい。筋トレすれば関節は安定するはずだ。痛いのは筋肉が疲労しているからだろう……」

指導官(心の声):

「バイオメカニクスを完全に無視している。土台(肩甲骨)が安定せず、骨頭の Depression(下方への引き下げ)が効かない状態で負荷をかければ、三角筋が勝って骨頭が上方へ逃げるのは当たり前だ。この子は運動の『量』しか見ておらず、『質(Motor Control)』を全く見ていない」

今の私ならこう添削する(赤ペン先生)

「残っている腱板をヤスリがけしている」。この指摘に、私はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けました。

1. 「求心位」の破綻と三角筋の代償

腱板(特に棘上筋)が機能不全に陥っている時、強力なアウターマッスルである「三角筋」が収縮すると、上腕骨頭は上方へと強く引き上げられます。

この「フォースカップル(Force Couple)の破綻」を無視してチューブを引っ張らせれば、骨頭と肩峰の間で残存する腱板や滑液包が挟み込まれ、二次的な損傷を引き起こします。

2. 「自動運動の反復」による感作(Sensitization)

当時の実習カルテを見返すと、「自動運動を反復することで徐々に症状が悪化した」という記載があります。

間違った運動軌道(代償動作)での反復は、組織への微細な侵害刺激の連続です。結果として脳や神経が過敏になり(中枢神経感作)、痛みを増悪させていたのです。

「痛くても頑張って引いて!」は最悪の指導です。

3. 順番が逆(まずは「土台」から)

いきなり立位や座位でチューブを引かせるのは難易度が高すぎます。

  1. まずは重力を外した背臥位などで、「上腕骨頭を関節窩の中心に保つ感覚(求心位の獲得)」を学習
  2. その運動の土台となる「肩甲胸郭関節の安定化(上方回旋や後傾)」を作る
  3. 手足を動かすのは、その土台が完成してからの話

結論:ゴムチューブを渡す前に「目」を鍛えろ

「腱板損傷=インナーマッスルトレーニング」という教科書的な知識は間違っていません。しかし、その「前提条件」が崩れたまま運動を強要すれば、治療は簡単に「破壊行為」へと変わります。

患者さんにチューブを持たせる前に、まずは私たちセラピストが「関節の中で今、どのような力学的エラーが起きているか?」を透視する目を鍛えなければなりません。

📚 参考文献

  • Neumann DA. (2012). “筋骨格系のキネシオロジー”. 医歯薬出版. 肩関節のバイオメカニクスのバイブル。三角筋と腱板の「フォースカップル」が上腕骨頭を関節窩に安定させるメカニズム(Depression)が緻密な図解で理解できる。
  • Sahrmann SA. (2005). “運動機能障害症候群のマネジメント”. 医歯薬出版. 肩甲骨の下方回旋症候群など、土台となる肩甲骨の運動エラーがインピンジメントや腱板ストレスを生むメカニズム。「痛いのは肩でも、原因は肩甲骨」の視点。
  • Kibler WB. (1998). “The role of the scapula in athletic shoulder function”. The American Journal of Sports Medicine. 肩甲骨が運動連鎖のハブとして果たす役割を詳細に論じた重要論文。漫然と行うチューブトレーニング前に、肩甲骨の安定性を評価・治療する意義が明確になる。