大学院で受け取ったメッセージ——仮説カテゴリーを埋める、その妥当性を検討する
2026/8/1
この記事で分かること
読了時間:約 7 分
- ✓ 私は「原因組織」ばかりに注目して、「身体機能障害」が空っぽのタイプだった
- ✓ 大学院のメッセージは2つ。仮説カテゴリーを埋めること、その妥当性を検討すること
- ✓ 埋めていない棚は、見えていない棚。まず自分のカルテの空白に気づくことから
告白から始めます。私は原因組織ばかり見ていました
若手の頃の私は、患者さんの前に座ると、頭の中が病名と組織で埋まるタイプでした。画像は何を写しているか。どの組織が痛みを出しているか。変性はどの程度か。
当時、周りからよく言われた言葉があります。「お前は医者か」。いま思えば、正確な指摘でした。組織を特定したがる私の頭は、セラピストの評価ではなく、医師の診断の真似事に寄っていたのです。診断は医師の仕事。私たちの仕事は、安全を確認したうえで、痛みと関連の深い機能異常を見つけて修正すること——なのに、その本業の側が空っぽでした。
原因組織を考えること自体は、間違いではありません。むしろ大事な仮説の半分です。問題は、頭の中がそれ「だけ」だったことです。その人がどう立ち、どう歩き、どう身体を使っているか——機能障害の仮説が、私のカルテにはほとんど書かれていませんでした。そして長いあいだ、書かれていないことに気づいてもいませんでした。
当時の私に似たセラピストは、たぶん今も少なくないと思います。逆に、機能ばかり見て危険な病態を見落としかける人もいる。偏り方は人それぞれですが、偏りに気づいていないという点は共通しています。
「施術者によって言うことが違う」が、許せなかった
私が29歳で職場を辞めて大学院に進んだ理由は、ひとつでした。同じ患者さんに対して、施術者によって言うことが違う。あの曖昧さを、根拠から突き詰めたかったからです。
そこで受け取ったメッセージは、突き詰めればたった2つでした。
仮説カテゴリーを埋めること。そして、その仮説カテゴリーの妥当性を検討すること。
仮説カテゴリーとは——推論の「棚」
仮説カテゴリーは、臨床推論の研究者マーク・ジョーンズが提示した枠組みです(Jones, 1992/Jones & Rivett, 2004。私はジョーンズの来日セミナーと、大学院の恩師・亀尾徹先生を通じてこの枠組みを学びました)。
考え方はシンプルで、クライアントについて仮説を立てるべき「棚」が、あらかじめ決まっているというものです。私が学んだ資料に沿って書くと、次の8つです。
- 活動および参加の能力・制限(生活の何ができて、何が制限されているか)
- 経験に基づいたクライアントの考え(本人はこの症状をどう捉え、何を期待しているか)
- 病理生物学的メカニズム(組織の治癒過程と、疼痛メカニズム——侵害受容性・神経障害性など)
- 身体機能障害と、それに関連した原因組織(どの動き・機能に問題があり、どの組織と結びつくか)
- 関連因子(症状を作り、持続・増悪させている因子)
- 禁忌・要注意事項(検査や治療でしてはいけないこと——Red Flagを含む)
- 対処方法(マネジメント。何を、どの順で、どこまでやるか)
- 予後(どのくらいで、どこまで良くなりそうか)
重要なのは、これが「網羅のためのチェックリスト」だということです。棚が決まっているから、空いている棚が見えるようになる。
若手の頃の私をこの棚に当てはめると、盲点の正体が見えます。偏りは、4番目の棚の「中」にありました。この棚は「身体機能障害」と「原因組織」がセットでひとつの棚です。私は原因組織の側ばかり埋めていました。どの組織が痛みを出しているか、仮説はいくらでも並ぶ。なのに同じ棚の相方——身体機能障害の側は、空っぽ。どの動きに、どの使い方に問題があるのか、一行もない。
これが厄介なのは、棚が埋まって見えることです。組織の仮説がぎっしり並んでいるので、自分では「ちゃんと考えている」つもりでいる。埋めていない半分は、見えていない半分です。カルテに書かれないだけでなく、そもそも頭に浮かんでいませんでした。
空いていた棚が、いまの看板になった
大学院で機能障害の棚を埋める訓練を受けてから、臨床の景色が変わりました。
MRIやレントゲンは、骨や関節の状態を写す検査です。しかし「その人がどう身体を動かしているか」までは映りません。病院で異常なしと言われたのに痛みが続く方の多くは、この「映らない側」——立ち方・歩き方・使い方のクセに手がかりがあります。
いま私のサロンのホームページには、ほぼこのままの文章が書いてあります。そして私のマンツーマン勉強会の名前は「運動機能障害の臨床推論」です。かつて空っぽだった棚が、そのまま看板になりました。自分が一番苦労して開けた引き出しだからこそ、後輩に開け方を教えられるのだと思っています。
埋めるだけでは、半分。妥当性を検討する
メッセージの後半を忘れてはいけません。棚を埋めることと同じ重さで、埋めた仮説の妥当性を検討することが求められました。
仮説は、立てた瞬間はただの候補です。それが使えるものかどうかは、検証して初めて分かります。私の仮説が正しいなら、この検査でこの所見が出るはずだ——出るか。私の仮説と矛盾する所見はないか——意図的に探したか。介入して、予想した変化は起きたか。
そして大学院では、この検証のやり方自体が統一されていました。客観的評価の道具立ては決まっています。姿勢観察。生理的自動運動。生理的他動運動。生理的副運動。抵抗運動。触診。この一式の結果に仮説をくぐらせて、妥当性を検討していく。思いついた検査を場当たりで足すのではなく、いつも同じ土俵で検証する。だから結果を回をまたいで比べられるし、土俵が決まっているから、検証の抜けにも気づけます。
これが、私が許せなかった「施術者によって言うことが違う」問題への、大学院の答えでした。言うことが違うこと自体は、仮説の段階では起こります。問題は、その仮説を検証にかけずに言い切ってしまうことです。検証を通せば、妥当でない仮説は淘汰されていく。曖昧さは、断定でなく検証で減らすものだと教わりました。
若手が陥りやすい早期閉鎖——最初の仮説に合う所見だけを集めてしまうクセ——への一番の対抗策も、この「妥当性の検討」を型として持っておくことです。
今日できる一歩:直近のカルテで「空いている棚」を探す
最近みた患者さん1人のカルテを開いて、上の8つの棚と突き合わせてみてください。どの棚には書き込みがあり、どの棚が空白か。
組織の仮説は書いてあるのに、機能障害の仮説がない。介入は書いてあるのに、予後の見通しがない。活動・参加の制限や、本人の考えが一行もない——空白の場所は人によって違いますが、必ずどこかが空いているはずです。それがあなたの「見えていない棚」で、伸びしろの正確な位置です。
カルテを開くのが難しければ、仮説カテゴリー・バランスチェック(約5分・無料)を使ってください。症例を読んで浮かんだ仮説をチェックするだけで、あなたの棚のバランスが出ます。考え方の偏り(どの推論が頭に浮かびにくいか)は、臨床推論・8つの引き出しチェックで。棚と引き出し、両方から自分の癖を眺めると、輪郭がはっきりします。
まとめ
- 仮説カテゴリー=仮説を立てるべき「棚」のリスト。棚が決まっているから、空白が見える
- 私は原因組織ばかり埋めて、同じ棚の身体機能障害が空いていた。空いていた棚が、いまの勉強会の看板になった
- 埋めるだけでは半分。支持する所見と矛盾する所見の両方で、妥当性を検討する
- 「施術者によって言うことが違う」への答えは、断定ではなく検証
自分のカルテの空白を、誰かと一緒に確かめたくなったら——
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あなたの実際の症例で、棚をひとつずつ開けていきましょう。
よくある質問
Q. 仮説カテゴリーと「8つの推論ストラテジー」は、何が違うのですか?
A. ストラテジー(診断的・ナラティブ・協働的など)は「どんな考え方をするか」という推論の種類で、仮説カテゴリーは「何について仮説を立てるか」という対象の棚です。乱暴に言えば、ストラテジーは頭の使い方、カテゴリーは考える項目のリスト。両方がそろって初めて、推論の抜けが見えるようになります。当サイトの8つの引き出しチェックはストラテジー側、この記事はカテゴリー側の話です。
Q. 毎回すべての棚を埋める時間がありません
A. 全部の棚を初回で完璧に埋める必要はありません。大事なのは、埋めていない棚を「埋めていない」と自覚していることです。私の失敗は、機能障害の棚を埋めなかったことではなく、その棚が空いていることに何年も気づかなかったことでした。空白に気づいてさえいれば、次の来院で埋められます。
Q. 「妥当性を検討する」とは、具体的に何をするのですか?
A. 立てた仮説を、支持する所見と反する所見の両方で試すことです。実務的には2つで、①その仮説が正しいなら出るはずの所見を確かめる、②その仮説と矛盾する所見を意図的に探す。特に②が大事で、最初の仮説に合う所見だけを集めてしまう早期閉鎖は、経験年数に関係なく起こります。私が大学院で教わった検証は、道具立ても統一されていました。姿勢観察・生理的自動運動・生理的他動運動・生理的副運動・抵抗運動・触診——この客観的評価の一式に仮説をくぐらせる形です。介入後の再評価も妥当性検討の一部です。